家族以外の前では声も出せず、体も動かせない場面緘黙症という障害を持ちながら、独創的なスイーツで人々を魅了する少女がいることをご存じでしょうか。小学6年生という異例の若さでパティシエになり、自分のお店を持つという夢を実現した彼女の姿は、障害との向き合い方について私たちに新たな視点を提示しています。
そこで今回は、場面緘黙症のみいちゃんこと杉之原みずきさんの人物像と、彼女を支える母親・双子の兄との特別な関係性について詳しくお伝えします。この記事を読めば、障害を「克服すべきもの」ではなく「個性として輝かせるもの」として捉える新しい家族の在り方を発見できるはずです。
みいちゃんの人物像と場面緘黙症の特性
- 声なき表現者としてのみいちゃん
- 場面緘黙症がもたらす二面性
- スイーツに込められた想い
声なき表現者としてのみいちゃん
杉之原みずきさん(愛称:みいちゃん)は2007年8月13日生まれの17歳で、滋賀県近江八幡市で「みいちゃんのお菓子工房」を営む日本最年少クラスのパティシエです。家では家族と普通に会話できる一方で、一歩外に出ると極度の不安から声を出すことも体を動かすこともできなくなる場面緘黙症と自閉スペクトラム症を抱えています。
小学校入学時から教室では完全に固まってしまい、給食も食べられず水も飲めない状態が続いていたみいちゃんは、4年生で不登校を選択しました。しかしこの決断が、彼女の人生を大きく変える転機となり、自宅という安心できる空間で独学でお菓子作りを始め、わずか数か月で驚異的な技術を身につけていったのです。
現在は特別支援学校に籍を置きながらも、年に1〜2回しか登校せず、週5日ほど自宅から100メートル離れた工房でケーキ作りに没頭する日々を送っています。言葉を発せない代わりに、一つ一つのスイーツに込められた繊細な表現力は、多くの人々の心を掴んで離さない魅力を放っています。
場面緘黙症がもたらす二面性
みいちゃんの場面緘黙症は、単に話せないだけでなく「緘動(かんどう)」という体が動かなくなる症状も併発する重度のもので、精神障害者手帳2級と療育手帳B1を取得しています。学校では8時間もの間、極度の緊張と心拍の上昇に耐え続けなければならず、その苦痛は想像を絶するものだったに違いありません。
しかし自宅や工房という安心できる環境では、彼女の創造性は爆発的に開花し、発達障害の特性である「並外れたこだわり」と「驚くべき集中力」がプラスに作用します。この極端な二面性は、環境が人の能力発揮にいかに大きな影響を与えるかを如実に示しており、私たちの「普通」という概念を根底から問い直させます。
特に印象的なのは、新しい環境に適応するまでに長期間を要するという特性で、これは一般的な社会生活のペースとは大きくかけ離れています。しかしこの「ゆっくりとしたペース」を受け入れることで、みいちゃんは着実に自分の世界を広げ、2025年の大阪・関西万博出演という大舞台にまで到達したのです。
スイーツに込められた想い
みいちゃんにとってスイーツ作りは、声の代わりに想いを伝える唯一無二のコミュニケーション手段であり、特に「おまかせホールケーキ」では彼女の創造性が最大限に発揮されます。決まった形のケーキを作ることは苦手でも、自由な発想で作るケーキには、注文者への感謝と幸せへの願いが込められているのです。
バスク風チーズケーキを主力商品としながらも、一つ一つのケーキに膨大な時間をかける彼女の仕事ぶりは、効率重視の現代社会とは対極にあります。しかしその丁寧さと独創性が評判を呼び、予約が殺到するほどの人気店となったことは、質の追求が持つ力を証明しています。
最も心を打つのは、みいちゃんが「パティシエになってみんなを笑顔にしたい」という夢を抱いたことで、これは自分が苦しんできたからこそ、他者の幸せを願う優しさの表れでしょう。言葉なき表現者として、スイーツという媒体を通じて人々と深くつながろうとする彼女の姿勢は、コミュニケーションの本質を私たちに教えてくれます。
母親・杉之原千里さんとの革新的な親子関係
- 「子育てのアンラーニング」という発想転換
- 障害と共に生きる道の模索
- 母親としての葛藤と決断
「子育てのアンラーニング」という発想転換
母親の杉之原千里さんは、みいちゃんの障害と向き合う中で「子育てのアンラーニング」という革新的な概念にたどり着き、従来の価値観を根本から見直しました。教育や成績、交友関係といった一般的な期待を手放し、「笑って家にいてくれるだけでいい」という境地に達したとき、親子関係に劇的な変化が生まれたのです。
当初は障害の克服を目指し、明日にでも話せるようになることを期待していた千里さんでしたが、それが親子双方を苦しめ、「今」を否定することになると気づきました。この気づきから、話せない存在をそのまま肯定し、スイーツ作りという「声ではないコミュニケーション」を極める方向へと舵を切ったのです。
フルタイムで働きながらケーキ屋のオーナーも務める千里さんの姿は、既存の枠組みにとらわれない新しい母親像を体現しています。社会の常識に娘を当てはめるのではなく、娘に合わせて新しい生き方を創造していく姿勢は、多くの親たちに勇気と希望を与えるはずです。
障害と共に生きる道の模索
千里さんは、みいちゃんが不登校になった際、社会とのつながりを保つためにスマートフォンを与え、料理アプリを入れたことが大きな転機となりました。この一見小さな選択が、みいちゃんの隠れた才能を開花させ、人生を変える出会いを生んだことは、親の直感と柔軟性の重要性を物語っています。
場面緘黙症の治療に薬を使わず、「ワクワクする好奇心」こそが最良の薬だと考えた千里さんの判断は、医学的アプローチとは異なる独自の道でした。実際、マルシェでの販売やスイーツカフェの開催など、段階的に社会との接点を増やしていく方法は、みいちゃんの成長に確実につながっています。
2020年1月のプレオープンから2023年3月のグランドオープンまで、3年という長い準備期間を設けたのも、みいちゃんの特性を理解した上での配慮でした。無理なときは注文を断る勇気を持つという決断も含め、娘の幸せを最優先に考える千里さんの姿勢は、真の意味での「子どもを尊重する」ことを教えてくれます。
母親としての葛藤と決断
千里さんは当初、障害が治らないかと泣いてばかりの時期もあり、その苦悩は計り知れないものでした。しかし、みいちゃんのお菓子作りの才能に「ひと筋の光」を見出し、その才能を社会につなげる方法を必死に模索し始めたのです。
小学生で店を持たせるという前例のない決断には、周囲からの批判や不安もあったでしょうが、「まだ早すぎることはない、小さなお店から始めればいい」という前向きな発想で乗り越えました。この勇気ある決断の背景には、娘の「今」を大切にし、好奇心あふれる小学生時代を無駄にしないという強い信念がありました。
プレッシャーからみいちゃんの体調が悪化した際も、すぐにペースダウンを決断し、クリスマスケーキの受注を10個から3個に減らすなど、柔軟な対応を取りました。成功よりも娘の心身の健康を優先する千里さんの姿勢は、現代の成果主義社会に対する静かな問いかけとなっています。
双子の兄・一樹さんとの特別な絆
- 無言の理解者としての存在
- 共に歩んだ挑戦の軌跡
- 兄妹が示す新しい支え合いの形
無言の理解者としての存在
双子の兄である一樹さんは、みいちゃんにとって最も身近で、かけがえのない理解者であり、言葉を交わさなくても通じ合える特別な存在です。小学校時代、兄と一緒なら登校できたという事実は、彼の存在がみいちゃんの不安を和らげる安全基地の役割を果たしていたことを示しています。
「みずきはたぶん大丈夫やと思う、この人はたぶんできる」という一樹さんの言葉には、双子ならではの深い信頼と確信が込められています。この揺るぎない信頼は、みいちゃんが様々な挑戦に踏み出す原動力となり、彼女の可能性を広げる重要な要素となっています。
一樹さんは決して前面に出ることなく、必要な時にそっと寄り添うという絶妙な距離感を保ち続けています。この控えめながらも確実な支えは、障害を持つ家族との関わり方について、押し付けがましくない自然な形での共生を示しています。
共に歩んだ挑戦の軌跡
2021年8月の東京パラリンピック聖火ランナーへの挑戦では、一樹さんが伴走役を務め、多くの人が見守る中で見事に聖火をつなぎました。この時、みいちゃんの表情がふと和らいだ瞬間があり、兄の存在が彼女の緊張を解きほぐす力を持っていることが証明されました。
聖火リレーの練習では野球のバットをトーチに見立てて行うなど、一樹さんも積極的に協力し、本番当日も「ちょっと緊張がある」と正直な気持ちを口にしていました。この素直な感情表現は、みいちゃんだけでなく自分も緊張していることを伝え、共に挑戦する仲間としての連帯感を生み出していました。
小学校の卒業式では、一樹さんの協力により、みいちゃんも皆と一緒に参加することができたという事実は、兄妹の絆の強さを物語っています。このような大切な節目を共に過ごせたことは、みいちゃんにとって学校生活の貴重な思い出となり、社会とのつながりを保つ重要な経験となったでしょう。
兄妹が示す新しい支え合いの形
一樹さんとみいちゃんの関係は、健常者と障害者という枠を超えた、対等な兄妹としての自然な関わりを体現しています。特別扱いするのではなく、必要な時に必要なサポートをする姿勢は、インクルーシブな社会の理想的な形を示しています。
野球をする一樹さんと、お菓子作りをするみいちゃんという、それぞれが異なる道を歩みながらも互いを尊重し合う姿は美しく感動的です。この多様性を認め合う関係性は、画一的な価値観にとらわれがちな現代社会に、新しい家族の在り方を提示しています。
双子として生まれ、同じ環境で育ちながらも、それぞれの個性を大切にし、互いの違いを強みとして活かし合う関係は理想的です。一樹さんの存在は、みいちゃんが社会とつながる架け橋となり、彼女の可能性を広げ続ける原動力となっているのです。
場面緘黙症のみいちゃんと家族の絆についてのまとめ
場面緘黙症という障害を持つみいちゃんが、家族の深い愛情と理解に支えられながら、日本最年少クラスのパティシエとして活躍する姿は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。障害を「克服すべきもの」ではなく「共に生きる個性」として受け入れた家族の選択は、新しい価値観の扉を開いたのです。
この記事の要点を復習しましょう。
- みいちゃんは場面緘黙症と自閉スペクトラム症を持ちながら、独学でお菓子作りを極め、小学6年生で自分の店を持った
- 母親の千里さんは「子育てのアンラーニング」という発想で、従来の価値観を捨て、娘の個性を活かす道を模索した
- 障害の克服ではなく「障害と共に生きる」という選択が、みいちゃんの才能開花につながった
- 双子の兄・一樹さんは、特別扱いせず自然体で支える理想的なサポーターとして存在している
- 家族それぞれが異なる役割を果たしながら、みいちゃんの可能性を広げ続けている
- 言葉ではなくスイーツを通じたコミュニケーションが、新たな人とのつながりを生み出している
みいちゃんと家族の物語は、障害があっても夢を諦める必要はないこと、そして周囲の理解と適切なサポートがあれば、誰もが自分らしく輝けることを教えてくれます。これからもみいちゃんのスイーツが多くの人々に幸せを届け、場面緘黙症への理解が社会全体に広がっていくことを心から願っています。